国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

FAO本部 緊急支援・復興部 プログラムオフィサー 
前田 さやかさん

『世界の農林水産』2018年夏号(通巻851号)より

ローマに本部のあるFAO緊急支援・復興部で、2017年5月よりプログラム担当官として働いています。主な業務分野は、現金やバウチャー(利用券)を通じた支給(Cash Based Transfers, CBT)を行うプログラム管理や、当部署とFAOのドナーである日本政府との連携、調整などに係るドナー担当の仕事です。当部署は、主にオペレーションに関わるリスポンス部門と、戦略的プログラミング部門という政策担当の部門に分かれています。私が仕事をしているキャッシュ・プログラミングチームは、戦略的プログラミング部門に所属しており、CBTプログラムの作成やフィールドオフィスへのサポート、CBTに関するリサーチ、マニュアル作成、またフィールドでの能力構築のためのトレーニングなどに関わっています。当部署での私のもう1つの仕事は、日本から緊急援助事業への拠出が決まった際に、法的な取り決めや合意文書作成、文章内容の調整を行うことです。在イタリア日本大使館(FAO担当日本代表部)等と密に連携をとりつつ、FAO内部のさまざまな部署のフォーカルポイントと調整を図る仕事で、時間に追われながら同僚と協力して仕事を進めています。

私は高校生の頃に、人道支援や国際開発の仕事に興味を持つようになりました。緒方貞子さんが国連難民高等弁務官として活躍されていた頃で、当時はインターネットなどがそれほど普及していなかったため、新聞やニュースで国連や人道支援、国際開発について情報を探したことを覚えています。大学ではテロ・紛争解決、司法などを学ぶ国際関係学を専攻しました。修士課程修了直後に、偶然にもコンサルタントとして国連組織の南スーダン事務所で働く機会があり、その数年後に外務省が毎年募集しているJPO試験に合格し、FAOの姉妹国連機関である世界食糧計画(WFP)に派遣され、ジンバブエで仕事を初めました。その後、WFPのローマ本部、シリア事務所、トルコ事務所でプログラム・政策担当官として勤務した後、昨年よりFAOでの勤務を始めました。FAOとWFPは、同じローマベースの姉妹国連機関とはいえ、機関が異なると機関内のカルチャーや雰囲気も多少違いますが、仕事内容は似ている部分が多々あると感じています。FAOは食料安全保障や農業に関する専門機関としてよく知られていますが、一方で緊急支援に関する業務のことは一般的にはあまり知られていないのではないかと思います。 FAOの緊急支援・復興部では、国家やコミュニティの危機への備えや対応を向上させ、またショックに対する強靭性 (レジリエンス) を高めるための包括的なプログラムの実行に重きを置いており、これは日本の外交の柱のひとつである「人間の安全保障」確保、つまり安全保障が及ぶ範囲を国家から「人々」へ拡大するという考え方とも重なる部分があります。

紛争や自然災害、深刻な貧困、気候変動の影響などにより,世界の人道状況は複雑化かつ大規模化しています。これらの問題が長期化し大変厳しい局面を迎えている中で、2016年5月に、潘基文元国連事務総長の呼びかけにより、世界人道サミットがトルコ・イスタンブールで開催されました。世界人道サミットでは、主要なドナー国とFAOを含む国際機関が150億ドルの人道資金不足を補うため、より効率的な資金拠出方法や、紛争予防・解決のための政治的なリーダーシップなどが話し合われました。「グランド・バーゲン」【※1】の議論の結果、51件のコミットメントが締結されましたが、そのひとつに現金やバウチャーを通じた支給(CBT)を増やしCBTプログラムについてのコーディネーションを増やすというものがあります。 市場が十分に機能している場合、食料や物資等の現物支給を、できるだけ現金やバウチャーを通じた支給に切り替えるということにより、受益者はニーズにより合ったものを選択、購入できるだけでなく、市場にも多少とも経済効果をもたらすことが期待されています。

FAOの技術的専門知識にCBTを組み入れることにより、FAOのCBTを使ったプログラムは、生計を農業に依存する地域社会に、より高い成果をもたらすことができます。FAOの緊急支援に係る業務に関連する技術的専門知識には以下のような例があります。
・種子安全保障、種子安全性評価、手工具、肥料および農薬の品質基準などの分野、水管理(雨水貯水池の建設および修復、小規模灌漑の整備など)
・土地管理(土壌保全、植林、再植林、砂丘の安定化、道路の修復)
・農村部雇用の促進(農業や農村部での雇用機会の拡大など)
・気候変動への適応(土壌・水管理技術、暴風雨に対する保護障壁の建設など)

FAOでは人道サミット以前からCBTを使ったプログラムはありましたが、サミットでのグランド・バーゲン合意後には、FAO内でもCBTを使ったプログラムの一層の推進・拡大を図っています。2017年にはCBTを使い、26ヵ国にて、290万人に合計5,300万ドルが支給されました。また、2018年3月にはスーダンでCBTに関するトレーニングを行うなど、フィールドレベルでもCBTプログラムに関する能力を構築するための取り組みを行っています。

※1 人道資金不足を補うために、効率的な資金拠出および支出方法について主要なドナーと国際機関が合意した約束。