国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

FAO中央アジア地域支所食料安全保障担当官
小原 啓吾さん

『世界の農林水産』2019年秋号(通巻856号)より

トルコ・アンカラにあるFAO中央アジア地域支所で、2016年から食料安全保障担当官をしています。主な担当分野は食料安全保障に関連する政策やプログラムの策定と、それらに関わるリサーチやモニタリングです。担当する地域は広く、中央アジア5ヵ国と事務所があるトルコに加えて、FAO欧州中央アジア地域事務所の戦略目標1(飢餓・食料不安・栄養不良の撲滅支援)の担当として欧州地域とコーカサス地方でのFAOの事業にも関わることもあります。

中央アジアやコーカサス地方は、グローバル化が進んでもなお日本から見ると「近くて遠い」地域ではあります。東京からの直行便もなく、投資や企業進出もほかのアジア地域に比べると目立ちません。とはいえ、経済的に停滞している地域かというとそうではなく、ほとんどの国が世界銀行のカテゴリーでいう「中進国」で、旧ソ連からの独立からこれまで、ダイナミックに発展してきた地域です。

そういった国々で、食料安全保障政策やプログラムの策定に関わるうえで、いくつか気を付けていることがあります。まず、食料に関係する「今現在」の課題だけでなく、中期的に大きくなるであろう課題にも着目するようにしています。これはさまざまな国での経験やデータを蓄積してきた国連専門機関の大きな役割のひとつではないかと考えるからでもあり、中央アジア地域がダイナミックに変化し続けているからでもあります。例えば、農業生産と貿易の促進によって、中央アジア地域での食料不足や食料危機のリスクは減りつつある一方で、食肉加工品、高カロリー食品、食料油の供給と消費がここ10年ほどで急激に増えており、新鮮で健康的な食料へのアクセスが大きな課題になりつつあります。実際、中央アジアでは子どもの肥満が増加傾向にあります。

このような状況で、国レベルの食料安全保障の政策や戦略が、緊急備蓄や自給率だけでなく、個人が入手できる食料の質や種類を左右し、人々の健康や経済発展などの「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に結びつく、ということを軸にFAOとして中央アジア各国に働きかけています。例えば、食料政策関係者に幅広く読まれているFAOの定期刊行物(「地域の食料安全保障と栄養の現状」など)を通して定量的なエビデンスを示したり、世界保健機関(WHO)などの機関と一緒に各国の政策担当官を対象にしたシンポジウムを開いたりしています。

現代の食料安全保障は農業のみならず経済、貿易、食品安全、保健分野からの視点が必要な「分野横断的」な課題といえます。そのためさまざまな分野の専門家とチームを組んで課題に取り組むのは楽しくもあり、難しくもあります。また、関係する省庁や国連の部署・専

門機関も多岐にわたるため、必然的に会議やE-mailが多くなり、こういった状況を積極的にコーディネートしなければなりません。例えば先日出張したキルギスでは3日間で5つの省庁と3つの国連専門機関の事務所を訪問しました。

赴任して3年になりますが、地域支所で分野専門官として状況が異なるさまざまな国を担当しているためか、新鮮な気持ちで取り組んでいます。例えばトルコでは、400万人に近いシリア難民への対応という中央アジアとは大きく異なる課題にFAOとして取り組んでいます。大きな農業生産国であるトルコでは、農業や食品加工業に従事して生計を立てるシリア難民が多く、日本政府の資金協力のもと、トルコ政府や現地企業をパートナーとして彼らの就農を支援する事業にも関わっています。

FAOの前は国連世界食糧計画(WFP)で食料安全保障分析官としてJPOの2年を含めた8年間、インドネシアとキルギスの国事務所で勤務しました。WFPは別の国連機関ですが、担当していた社会経済的な分析はFAOの仕事と重なる部分もあり、関わったプロジェクトのほとんどがFAOとの共同だったため、F AOに移った時には経験が役立ちました。また、国事務所での仕事は現地政府や農村部の市町村やコミュニティと直接関わる機会があり、農村部の食料と栄養の状況把握や首都での政策決定過程、国レベルでの国連事務所の仕事に直接関われたことは、今の仕事をするうえで大事な基礎になっています。

日本の地方で育ち、大学の学部まで日本の教育のもとで培ってきた協調性と組織への貢献を重んじる感覚からすると、国連での仕事は個人の能力が重視され、それと共に個人の裁量が大きいと感じることが今でも多くあります。協調することは必ずしも期待されていません。個人の専門性や経験をもとにして組織の目標に貢献する過程では、ただ指示を待って従うより、オープンで積極的なコミュニケーションが重要です。さまざまな専門性・経験・文化的なバックグラウンドを持った同僚たちと仕事を続けてきて、自分自身のコミュニケーションのスタイルが変わってきていることにも気づき、改めて面白い仕事だと思います。

 

関連ウェブサイト
FAO中央アジア地域支所:www.fao.org/europe/central-asia/en/