国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

FAOシリア事務所畜産担当官
家田 菜穂子さん

『世界の農林水産』2019年冬号(通巻857号)より

2 0 1 7 年1 0 月からエジプト・カイロのFAO近東・北アフリカ地域事務所で、その後2 0 1 9 年5 月からはダマスカスのFAOシリア事務所で、畜産担当官として勤務しています。中近東という言葉から連想できるように、多くの国が広大な乾燥地帯を国土に抱え、年間を通して降雨量がきわめて少ない土地が多いため、ヒツジやウシなどの家畜が人々の食生活と生計を支える重要な役割を担っています。しかし中近東という言葉を聞いて多くの人が最初に思い浮かべるのは、やはり「絶え間なく紛争が続く危険な地域」というイメージではないかと思います。実際にシリアでは、8 年以上にわたって続くシリア危機の影響で多くの人が住み慣れた街や村を離れざるをえず、数百万もの人が新しい土地で生計を立て直そうとしています。FAOは、シリアの経済と社会が回復するための足掛かりとして農村部での生産活動、つまり農業が重要な役割を果たすと考え、これまでに種子や家畜の配布や農家さんへの技術研修、紛争の間に破壊されてしまった灌漑設備の修理、食品加工技術研修を通じた農村部女性の自立支援などを行ってきました。

現在の私の役割は、シリア人のプロジェクト・マネージャーや専門家と協力しながら畜産関連プロジェクトの計画立案、データ収集や分析、パートナー機関との調整や交渉をすることです。普段は首都ダマスカスのオフィスに勤務していますが、1 ~2 カ月に一度ほどの頻度で他県のプロジェクト・サイトを訪れ、農家さんや現地のパートナーとのディスカッシ ョンを行います。現地では爆撃により倒壊した建物や、街や村のいたるところに残る銃弾の痕、そして戦闘で命を落とした若者の記念碑を目にすることが多々あり、心がとても痛みます。ただ、国連のセキュリティ機関と連携してしっかりと事前調査や準備を行っているため、自分自身が身の危険を感じたり怖いと思ったことはありません。「自分の専門知識を活かした支援を、必要としている人々へ届ける」という今の仕事に対して、大きなやり甲斐を感じています。また昨年まで勤務していた近東・北アフリカ地域事務所では、エジプトに拠点を置きながらスーダンやイエメンなど複数の国のプロジェクトをサポートしていました。勤務地が変わるたびその国の社会や文化、農業の現状など学ぶことが次々と目の前に現れ、新しくチャレンジできるのが、国際機関で働くことの醍醐味のひとつであると思います。

FAOに入る前は、日本の大学で家畜繁殖学の研究者をしていました。大学院へ進学したきっかけは「いつか国連機関で働くために専門知識を身に付けなければ」と考えたことでしたが、内分泌学や神経科学の先端技術を駆使した研究の世界にも大きな魅力を感じ、博士課程へ進学して研究を続けました。白衣を着て実験室に籠っていた日々と今のFAOでの仕事とを比べると、とても大きな変化です。しかし、現場の問題を観察し、課題を発掘し、科学や技術の力で解決を試みる、というサイクルが日々の活動の基本であるという点では、研究もFAOの仕事も同じです。実際、研究を通じて学んださまざまなスキル(冷静な目で観察すること、データと誠実に向き合うこと、本来の目的を見失わず諦めずに挑戦することなど)は、今の仕事でも毎日役に立っています。

国連機関への就職と聞くと「競争率が高い」というイメージが先行してしまいがちですが、ぜひさまざまな機関の公募の中にご自身の経験や専門性が役に立つポストがないか、探してみていただきたいと思います。FAOのような専門機関では、各ポストで必要とされる専門性が具体的に定められている上、その分野は社会、経済、工学など多岐にわたります。ご自身の専門性を磨いていればいつか必ずその分野のポストが公募される時が訪れますし、その際の「競争率」は世間でイメージされるほど高くないはずです(特定された分野で、高い専門性を身に付けている人の数は限られているからです)。私が学生のときに参加した国際機関の就職セミナーで、ある機関の方が“UN jobs are not for anybody, but the chance is for everybody.”と仰っていましたが、まさにその通りだと感じています。誰にでもできる仕事ではないからこそ、経験を積んだ専門家には必ずチャンスが訪れますから、諦めずにぜひ挑戦していただきたいと思います。

 

関連ウェブサイト

FAO Country Profile - Syrian Arab Republic:
www.fao.org/countryprofiles/index/en/

 

FAO in emergency - Syria:
http://www.fao.org/emergencies/countries/detail/ar/c/161538/