
FAO「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約」事務局
プログラムオフィサー
出光 礼さん
「国連」と聞くと、紛争地での緊急援助や途上国への開発支援を行う機関とい ったイメージが先行しがちですが、途上国・先進国の区別なく、全世界の人々の生活に関わる物事のあり方ややり方につき、国際社会全体で基準や規定・規範を設定することも、国連の最も古くかつ重要な活動です。全世界の人々が世の中の事柄について共通の認識・理解を持ち合意することが、紛争の予防・解決、ひいては世界の平和と安定につながるからです。
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さまざまな国連機関が多種多様なマンデートのもとに活動していますが、F AOの重要な任務のひとつが、政府間交渉を通じて食料と農業に関する国際規範・基準設定を行うことです。そうした政府間交渉を通じて制定された国際条約のひとつが、「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約」です※。本条約は、新しい作物の開発や品種改良に不可欠な植物遺伝資源の保全・利用および交換取引を、世界レベルで効果的かつ公正に実施できるよう規則を定めています。植物遺伝資源のアクセスにおいてはすべての国が相互に依存しているため、条約は加盟国に対し、気候変動や飢餓・貧困解消といった国際課題に効果的に対応するため、資源の保全や持続可能な利用を互いに協力して行うよう義務付けています。
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条約事務局の主な役割は、条約の最高意思決定機関である理事会と加盟国が条約を完全に実施できるよう支援することです。中でも重要な任務は、理事会とその補助機関の会合の準備・運営です。加盟国は会合を通じて、条約実施にかかる重要な政策を議論・決定し、実施に向けた活動プログラムを採択します。会合の準備と運営、と一言で説明されることが多いですが、政府間交渉の実施には、ロジ準備だけでなく、議題の設定から会議文書の作成、会合運営の計画作成、広報に至るまで、綿密かつ戦略的な準備が不可欠です。ここ数年の理事会における最大の課題は、植物遺伝資源の交換取引を促進する多国間制度の改善ですが、改善案を巡って加盟国の意見が対立するうえ、農業者団体、農業研究機関、民間の種子会社などの主要関係者も議論に参加するため、さまざまな利害が絡んで交渉は難航しています。事務局の会合準備・運営は、交渉がスム ーズに行われ、国際社会にとって最善の成果を出すための合意形成をサポートする重要な業務です。
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私は事務局でプログラム・オフィサーを務めています。業務は主に2 種類に分けられ、1 つは事務局の人事・財務管理、もう1 つはさまざまな要素からなる条約の活動プログラムに一貫性を持たせる全体調整です。この2 つの業務をつなげるのがプログラム・マネジメントで、条約のプログラムや事務局の活動計画の作成、実行、モニタリング、報告を効率的・効果的に行い、定められた目標を達成できるよう、人材や財源を戦略的に管理します。さらに、持続可能な開発目標(SD G s )等の国際目標を念頭に、条約の実施が持続可能な食料生産や生物多様性の保護といった地球規模の課題にいかに貢献するかという点も考慮します。テクニカル・オフィサーである同僚たちと比べると黒子の部分が多い仕事ですが、会合によっては自分が担当する議題もあり、文書と勧告案を作成し、会合中は事務局として議題の討議を担当します。条約事務局で国際会議の運営を担当する醍醐味のひとつは、自分が作成した文書をもとに加盟国が討議し作成した勧告案が採択された時です。異なる国益のもとに意見が激しく対立する加盟国が、最終的に国際社会全体の利益のために合意に至るのは素晴らしいことです。
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前職では、他の国連組織や平和維持活動(PK O)で勤務したほか、在外公館での専門調査員やJIC A在外事務所の企画調査員も経験しました。これまで農業とはほとんど関係のない分野で勤務し、農業や法律の専門家でない私が当条約の事務局を担当しているのは、プログラム・オフィサーには必ずしも専門知識は求められず、むしろそれまでの経験で得たプログラム・マネジメント力が評価されたからだと思います。
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国連で働くに際しては、国連の使命、すなわち世界平和と社会の発展に貢献することを認識し、それに対する志と意欲を高く・強く持つことが大事だと感じます。国連で働き始めた頃は、そうした理想を語るのはナイーブであり、不完全な世の中を受け入れ現実主義であるべきと思っていたのですが、これまでの国連勤務を通じて強く感じたことは、一見青臭く聞こえるような理想主義を真剣に語り、その実現に情熱を傾けられる人が、最終的には尊敬され評価される国連職員であるということです。専門知識やコミュニケーション能力が重要であることは言うまでもありませんが、情熱を持っている人はとても良い仕事をしており、一緒に働きたいと共感します。
※International Treaty on Plant Genetic Resources for Food and Agricultu re(ITPGRFA)。条約の詳細は、「世界の農林水産」855 号(Summer 2019)を参照されたい。
関連ウェブサイト
International Treaty on Plant Genetic Resources for Food and Agriculture (TPGRFA)