国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

第1回 能登の里山里海

写真提供:石川県

石川県農林水産部里山振興室長 山下 吉明さん

この記事はFAO駐日連絡事務所が共同編集、JAICAF国際農林業協働協会が年4回発行する『世界の農林水産』2017年秋号(通巻848号)に掲載されたものです。内容は出版当時のものとなります。

2011年6月、日本で初めて、石川県の「能登の里山里海」が世界農業遺産に認定されました。

能登は、そのほぼ全域が「里山」といわれる、長年にわたる人の暮らしと農林業などの営みにより形成された地域であります。三方を海で囲まれていることから、人の暮らしと深いつながりを持つ沿岸地域である「里海」も広がっています。

「能登の里山里海」の認定は、独自の土地利用に加え、海女漁やはざ干しなど伝統的な農林漁法、「あえのこと」やキリコ祭りなど農林漁業と深く結びついた祭礼、「白米千枚田」など優れた里山景観、豊かな生物多様性、輪島塗に代表される伝統的な技術といった農林水産業とそれに関連した人々の営みのすべて、いわば能登の里山里海で育まれる暮らしそのものが「世界農業遺産」と認められました。

一方、能登では、過疎・高齢化による農林水産業の後継者不足や耕作放棄地の増加が進んでおり、これを要因とした里山の荒廃も課題となっています。2015年度に実施した営農意向調査等によれば、能登では地域の農業を支える基幹的農業従事者の平均年齢が約71歳、農業後継者がいない農家が92%、10年以内に農業をやめる農家が78%、と大変厳しい状況が明らかになっています。こうしたことから、能登の活性化にとって農林水産業の振興が大変重要です。

もともと能登には日本の原風景というイメージがあったところに、「世界農業遺産」の認定によって、能登の農産物が「安全・安心」というイメージが高まり、能登のブランド力が向上したことや、石川県が整備運営していた有料道路「のと里山海道」の無料化などが相まって、県内外の企業等が能登地域へ相次いで進出しています。

また、能登の農業が注目されたことで、新規就農者数も2009年度に16人だったものが、2013年度には74人に達し、その後も40人を超えるペースで推移するなど、着実に農業の振興が図られています。

県では認定後、その効果を最大限に活かし、「能登の里山里海」を未来に引き継ぐ取り組みを推進するため、石川県、地元4市5町、農林漁業・商工・観光団体で構成する世界農業遺産活用実行委員会を設立しました。この委員会は、地域の取り組みに対する支援や国内の他の認定地域と連携した首都圏等でのPRなどに取り組んでいます。

地域の取組に対する支援の強化として、「未来につなげる『能登』の一品」と銘打って、能登の産品としてふさわしい商品に対して、世界農業遺産のロゴマークの使用を認める制度を設けました。この制度は、「能登の里山里海」で育まれ、その保全・継承に資する特徴的な商品を対象に、石川県が新たに定めた「能登の里山里海」ロゴマークを商品に使用できるもので、2014年度に創設し、これまで農産物や加工品など32商品を認定しています。物語性が強い商品や能登で伝承されてきた商品を厳選し、本物志向・高級志向の消費者や能登に興味を持つ消費者をターゲットに、主に認定商品を集めた世界農業遺産フェアで販売する等、積極的にPRし販路拡大を図っており、認定商品の販売額は認定後には平均で2割増加するなど、効果も出ています。

この他、アサヒビールやユニー等の企業とタイアップし、年4回、能登の市町を巡るスタディツアーや、能登の高校生が能登の匠の知恵や技を取材する「聞き書き」という手法で技術を伝承する事業等を実施しています。

また、石川県は里山里海地域の振興を民間事業者と連携して図る施策として、地元の7つの金融機関とともに120億円の資金を拠出して、「いしかわ里山振興ファンド」を創設しました。その運用益等を活用し支援してきた事例を2件紹介します。
1件目は、域外からの進出事例です。金沢市の農業法人が、奥能登に農業参入し、耕作放棄地というハンディを逆に生かして有機栽培に取り組んでいます。この農場では、ソソバ、大麦、大豆を生産しており、これらを原料に「能登」ブランド農産品の開発も行っています。

2件目が、能登町にある「春蘭の里」です。ここでは、「自然以外に何もない」ということを逆手にとり、来訪者を昔ながらのありのままの暮らしでもてなす農家民宿に、集落を挙げて取り組んでいます。農作業など都会ではできない体験や日本の農村の原風景を楽しむことができることから、首都圏の修学旅行生やイスラエルなど海外も含め、年間約1万2,000人もの来訪者を受け入れており、地域の収入源となっています。

今では、周辺の集落も巻き込み、農家民宿は47軒にまで拡大したほか、村を離れた若い人が戻り、農家民宿を志す海外からの移住者も現れるなど、地域資源を生かした生業の創出により、過疎・高齢化を脱却する糸口をつかんだ地域活性化の成功モデルになっています。

上記のファンドのような資金的な支援だけでなく、人的な支援の仕組みもあります。例えば、企業、NPO、都市住民等が自主的に行う、森づくり、生き物調査、草刈りなどの里山の保全活動を県が認証し、これらの保全活動に必要な用具の貸し出しや専門家の派遣などの支援を行う「いしかわ版里山づくりISO制度」があります。

また、「いしかわ里山ポイント制度」として、里山保全活動の参加者にポイントを付与し、ポイント数に応じて県産食材を購入できるチケットと交換できる制度を設け、里山保全活動への動機付けを行っています。

その他にも、「いしかわ農村ボランティア」という制度があります。この制度は、人手が足りず、里山里海の保全に支障をきたしている地域にボランティアを派遣して保全活動を行うもので、県の里山振興室に設けられた窓口に、里山里海集落でボランティア活動を希望される方は「農村役立ち隊」、里山里海集落で人手を必要としているところは「受け入れ隊」として登録いただいています。「里山里海保全に貢献したいが、どこで何をしたらよいのかわからない」ボランティア希望者と、「集落で人手の足りないところをお手伝いしてもらいたい」里山里海集落、双方の悩みを解決する仕組みとなっています。

このような本県が進める取り組みに呼応して、農業者も主体的な取り組みを始めています。まず、奥能登の4つのJAにおいて、農薬や化学肥料を5割削減した「能登棚田米」のブランド化が進められています。通常のコシヒカリの1.3倍ほどの価格ですが、売れ行きは非常によく、収益の一部は棚田の保全活動にも利用されています。さらに、この取り組みが中能登を含む能登のすべてのJAにまで波及し、農薬や化学肥料を3割削減した、安全・安心で環境と調和した「能登米」の生産も始まり、現在は能登の水稲作付面積の4割にまで広まっています。

過疎高齢化に伴い地域を支える人材が減ってきているという危機感から、今後の取り組みとして、石川県では、世界農業遺産認定地域である岐阜県と共同で、若手実践者の相互交流を行うことにしています。これにより、相手方の地域の先進事例を学び、自らの地域を見つめ直す機会にしていただくとともに、両地域の連携を通じた商品開発など新たな動きにつなげ、地域を担う若手人材の資質向上を図っていくこととしています。また、将来の担い手を育てていくため、能登地域の小学生向けに、地域の宝である世界農業遺産「能登の里山里海」を学ぶ出前授業を実施することとしています。

世界農業遺産の認定は、地域住民が「当たり前だ」と思っていた、いわば埋もれていた地域の暮らしや資源に「光」を当て、むしろ地域の「宝」であるということを再認識するきっかけとなりました。地域住民自らが、地域に「生きる自信と誇り」を取り戻し、地域の活性化の動きに結びつけることが大切であり、このような動きが広がることによって、「元気な里山里海づくり」が進み、その結果として、世界に重要と認められた「能登の里山里海」が未来の世代へと受け継がれるよう取り組んでまいります。

 

関連ウェブサイト
世界農業遺産「能登の里山里海」情報ポータル

FAO - GIAHS: Noto's Satoyama and Satoumi