国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

第11回 にし阿波の傾斜地農耕システム

©徳島剣山世界農業遺産推進協議会

徳島県つるぎ町産業経済課 課長補佐 大島 理仁さん

この記事はFAO駐日連絡事務所が共同編集、JAICAF国際農林業協働協会が年4回発行する『世界の農林水産』2020年春号(通巻858号)掲載されたものです。内容は出版当時のものとなります。

はじめに

徳島県にし阿波地域は、約8割を山間部が占めています。標高約100~900mの山間部には200以上の集落が存在しています。いずれも急峻な傾斜地に張り付くように点在し、場所によっては傾斜角が40度にも及びます。一般的に傾斜地での農業は、段々畑や棚田のような平らな土地を形成して農業を行いますが、当地域では水平面を造らずに傾斜地をそのまま畑として利用する農業「にし阿波の傾斜地農耕システム」が、400年以上にわたって行われてきました。なぜ、あえて傾斜地で農業を営むことになったのか。斜面をそのまま畑にすることで容易に作物の収穫が得られたことや、傾斜畑の方が耕作面積を広く確保できることなどが理由と考えられています。

傾斜地農耕を可能にした先人の叡智

傾斜地で農業を営むために、にし阿波の人々はさまざまな工夫を凝らしてきました。まずは、カヤ(ススキ等)の利用です。「カヤ場」と呼ばれる採草地からカヤを刈り、「コエぐロ」と呼ばれる円錐状の形に組んで乾燥させます。乾燥させたカヤを、刻んで土に混ぜたり畑に敷いたりします。カヤには、肥料になるのはもちろんのこと、風雨で土が流れるのを抑制する、土壌の乾燥を防ぐなど、さまざまな効果があります。それでも流れてしまう土は、「サラエ(六本歯の鍬のような特殊な農具)」を用いて土をかき上げる「土上げ」作業で回復しています。

次に「等高線農業」による水の適切な管理技術です。「ヒトリビキ」と呼ばれる独特の農具を使って斜面に対して等高線のように土を盛り上げ、畝を作り、作物を植え付けます。畝と畝の間がダムの役目を果たして雨水を留めます。また、畑の等高線上に石積みを施し、勾配を緩やかにすることで水の流速を軽減しています。

傾斜地農耕を取り巻く環境・文化

当システムは多様な自然を育んでいます。「カヤ場」には、シコクフクジュソウやフナバラソウをはじめとする希少な植物が生育しています。これは、背の高いカヤを定期的に刈り採ることにより、背の低い植物にも日光が差すようになるためです。多くの昆虫や、昆虫を餌とする小動物や鳥類の生息地、またそれを狙うハイタカ(猛禽類)の狩場にもなっています。

また、ソバ・アワ・キビ・シコクビエといった雑穀などをはじめとする140品目以上の農作物が栽培されています。これらを少量多品目栽培することで、干ばつや豪雨等の天候不良による不作等のリスクを最小限に抑え、食糧を確保してきたことから、今もなおその種が守り継がれています。

地域固有の作物を使った食文化も豊かです。「そば米雑炊」は、ソバの実を粉にせず実のまま、ソバをお米に見立てていただきます。干し芋・干し大根・干し柿などの干し物も盛んで、雪に覆われる冬季をはじめ、年間を通じて生活を支える大切な保存食になっています。

地域文化の象徴・拠点となるのが「お堂」です。「お堂」は各集落に存在する、小さなお寺です。毎年、護摩焚き[ごまだき]、大師講[だいしこう]、数珠回しなどの宗教行事が行われてきました。娯楽や集会の場にも使われており、寄合では農事に関わる情報交換や種苗などの譲り合いが日常的に行われ、「お堂」を中心に近所同士で助け合う「いい(結い)」や、労力を貸し合う「手間替え」が続けられてきました。

人びとの暮らしが造る「日本の原風景」

山腹につくられた集落は斜面に張り付くように点在し、住居を基準として田畑やカヤ場が合理的に配置されています。その構図は緑豊かな森林や渓谷と合わさって、独特の美しい景観を生み出しています。

こうした自然と調和する山里の眺めは「日本の原風景」「桃源郷」と称され、国内外から多くの観光客が訪れています。中でも三好市東祖谷にある落合集落は、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

にし阿波地域の取り組み

当システムの継承のために、次のような取り組みを継続して実施しています。

(1) 担い手対策

新規就農者に対する支援の充実や、都市圏で開催される農業人フェア等への出展によるUJIターン就農者の確保を行っています。

(2) 6次産業化の推進

 『「にし阿波の傾斜地農耕システム」ブランド認証制度』を創設し、当システムで栽培された農作物や加工品に付加価値を与え、通常の農作物や加工品との差別化を図っています。また、農業者や民間企業との連携による雑穀商品の開発も行っています。

(3) 農泊の推進

 にし阿波地域では、都市圏からの修学旅行(教育旅行)の受け入れや、農林漁家民宿の拡大など農泊に注力しています。都市部の中高生や地域外から来る方に農家の暮らしを体験していただき、当システムについて理解を深めてもらいます。

(4) 鳥獣被害防止

鳥獣防止柵・ネットの購入・配布に対する補助を充実させるほか、モンキードッグの導入による猿よけを検討しています。

(5) 伝統的な知識システムの継承

特に地域内の小中学生に対して出前授業や現地研修を行うなど、当システムについて知り、理解してもらうことで地域の誇りにつなげるとともに、継承への機運を高めて います。

(6) ランドスケープの維持

萱葺き屋根古民家を宿泊施設として再生するなど、昔の風景を現代に適応するような形で復活・維持させる事業も行っています。

農業システムを継承する意義

「にし阿波の傾斜地農耕システム」は、少量多品目を栽培して自給自足の暮らしを続けている小規模な農家を中心に継承されてきました。資本主義経済の中で農業は近代化や大規模化されつつありますが、その対極の、にし阿波のような「小さな農業」の価値も見直されています。

その価値の一つは、雑穀文化にあります。世界の主食は米、小麦、トウモロコシが3大穀物になっていますが、にし阿波の傾斜地では稲作が難しかったこともあって雑穀が主に作られてきました。それが環境に負荷をかけない独自の農業として継承されてきました。

2つ目は、「小さな農業」ならではの強さです。稲作は日本の農業の中心ですが、単一栽培は天候不順などに弱いものです。にし阿波の少量多品目な農業は災害に強く、社会の変化にも耐えることが可能です。
3つ目は、コミュニティの絆にあります。にし阿波では住民が「小さな農業」を営みながら地域の共同作業や文化行事に参加し、農作物のやり取りをして、相互扶助が地域を守る原動力になっています。

遺産は一度失われると二度と元には戻りません。世界農業遺産の認定をきっかけに、にし阿波の傾斜地農業を将来へ確実に受け継いでいく意義は大変大きいものです。

おわりに

にし阿波地域は、世界農業遺産だけでなく「観光圏」や「SAVOR JAPAN(農泊食文化海外発信地域)」などにも認定されている、日本でも数少ないインバウンド対応のトリプル認定地域です。この好条件を活かし、国内外を問わない体験型観光の推進や、農業・食と観光を結び付けた事業などにも取り組み、農業的観点以外にもさまざまな角度から「にし阿波の傾斜地農耕システム」を保全・継承していくために邁進してまいります。

 

関連ウェブサイト
にし阿波の傾斜地農耕システム

FAO - GIAHS: Nishi-Awa Steep Slope Land Agriculture System