国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

第2回 トキと共生する佐渡の里山

© 佐渡市
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新潟県佐渡市産業観光部農業政策課 里山振興係長 西牧 孝行さん 

この記事はFAO駐日連絡事務所が共同編集、JAICAF国際農林業協働協会が年4回発行する『世界の農林水産』2017年冬号(通巻849号)に掲載されたものです。内容は出版当時のものとなります。

世界農業遺産に認定されて

佐渡が世界に誇れる農業システムとは何か。佐渡には、社会情勢の変化にも対応した「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」の取組みだけではなく、世界ジオパーク認定を目指す「佐渡ジオパーク」から、世界文化遺産登録を目指す「佐渡金銀山」とのつながりもある。佐渡のさまざまな特徴を活かした棚田景観と水利用の仕組みや、能や鬼太鼓など農業につながりのある多様な伝統文化が今でも暮らしの中に引き継がれている。世界に誇れる伝統的なトキと共生する里山であり、そのことが評価されて、2011年、日本では初めて能登地域とともに世界農業遺産に認定された。
認定され6年が経過したが、この間、佐渡は変わったのだろうか。これまで受け継がれてきた伝統的な棚田や、社会情勢にも対応し、地域の知恵で確立し、変化をしながらも引き継がれている農業上の生物多様性を高める取り組みの持続可能性は高まっているのだろうか。

世界農業遺産に認定され観光客が増えたのか、農産物はどのくらい付加価値が付いたのかなど、研究者や認定を目指す自治体担当者からの質問や取材が多く寄せられた。当然、「世界」という冠をいただいたからには、ブランド化や観光振興につなげることは当たり前なのかもしれない。

世界農業遺産は「生きている遺産」「知恵の遺産」と呼ばれている。果たしてその本質は、単に農産物を高く売るだけだろうか、誘客につなげることだろうか。世界農業遺産に長く関わる中で、それはひとつの手法にしか過ぎないことが理解できた。

佐渡の里山を取り戻すまで

佐渡での稲作は約2000年前から始まったとされ、佐渡中央部の湿地を中心に行われていた。17世紀に入ると相川金山が発見され、採鉱が行われ、ゴールドラッシュとなったことから、全国各地から富を求めた人々が佐渡をめざし、人口は爆発的に増加した。急増した人口のため、新田開発が促され、海沿いや、海岸段丘の上から山間深くまで耕す佐渡独特な棚田の風景を作り上げるとともに、金山の発展がもたらした豊かな生活が農村を支えて、さまざまな文化や伝統芸能が豊作を願う農業神事として継承されたことで独特な農村文化を作り上げた。

このように金銀山の発展がきっかけとなり、人の手によって形成された佐渡の美しい里山にトキは日本で最後まで生き続けたが、乱獲や収量、効率性を重視した農業が取り入れられたことにより、餌場となる田んぼが少なくなり、その生息環境が失われていった。

再び、トキを野生に帰し、人と共生できる里山環境を取り戻すため、近代化された農地が広がる佐渡においても生物多様性の象徴としてのトキを守ることで生物多様性豊かな水田を増やし、そこで生産されたコメの環境付加価値の向上を図り、農家収入を高めることによって生きもの豊かな農地を保全しようと考えた。まさに、「生きている遺産」「知恵の遺産」といえる世界に誇れる取り組みである。

生態系の再生と保全を図るための水稲栽培技術を「生きものを育む農法」として、農家自らが生きものに視点をあてた地域づくりを島全体に普及させるため、2008年のトキ野生復帰活動と時を同じくして「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」を発足した。さらに、この認証制度の要件のひとつになっている「生きもの調査」では、農家のみならず将来を担う佐渡の子どもたちが自ら実践し、生物多様性の役割について理解を深めることで、伝統ある水田を次の世代へ守り継いでいくことを目指している。

このように、農業の役割に「食の生産」と「生物多様性保全の役割」を明確に示すこととなり、コメのブランド化が図られ、大きな経済効果が生まれた。その結果、ブランド米の作付面積は、佐渡の全作付面積の25%となった。また、消費者のみならず、企業との交流などさまざまな主体が連携することで、佐渡の豊かな農村環境を支え引き継いでいる。

遺産を受け継ぐために

世界農業遺産認定のきっかけとなった「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」が発足して10年目の作付けを迎えた。今では約300羽のトキが佐渡の豊かな里山で暮らし、今年は自然界で過去最多となる約80羽のヒナが誕生し、放鳥トキの数を野生生まれのトキの数が上回っている。今後さらにトキと共生する里山環境を守り続ける地域づくりを推進するため、これまでの実績や新潟大学の研究成果を踏まえて、「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」の要件を強化した。これまでの4つの生きものを育む農法に加え、「田んぼの生態系再生」に費用対効果が最も高いと新潟大学の研究で評価された「無農薬無化学肥料栽培」を追加し、5つの農法を要件とした。また、底生動物の多様性に効果的な「江の設置」の効果を高め、夏場にトキの重要な餌場となる畦際の多様性をさらに高めるため、「畦畔除草剤散布の禁止」も要件に追加した。

このように、人とトキが共生する島づくりの取組みを強化しながら進めている。

また、農業遺産認定をきっかけに、担い手不足が深刻で、労働効率も決して高くない棚田地域の活性化モデルをつくるため、「地域おこし協力隊」を導入した。これまでに27名の協力隊を採用し、現在、11名の隊員が活動任期中で、「集落活動型」のみならず、佐渡市が抱える政策的な課題に取組む「ミッション型」も増えている。任期が終了、もしくは任期中に退任した隊員も含めて16名中11名が佐渡市内に定着し、その定着率は69%と全国平均と比較しても高い。さらには、棚田や集落の資源を活用した着地型ツアーが始まっている。集落住民自らがガイドとなり、その価値を発信している。オーナー制度により、その景観を保全する取り組みも進められ、棚田が交流のみならず、環境教育の場所ともなっている。

これまで引き継がれてきた農業を未来に伝承していくには、単に経済性や効率性を求めるのではなく、食料生産・風景(自然)の保全、地域の伝統文化、伝統食・生物多様性の機能など農業の多面的機能の価値を評価することが重要である。しかしながら、この世界農業遺産は、国内のみならず、国際的関心や認知度もいまだ高くない。認定され6年を経過した佐渡でも2016年3月現在の認知度は36%と低い(「内容は知らないが聞いたことはある」を含めると74%)。このことから、今は、世界農業遺産の理念や価値を高めるという視点をもって世界農業遺産を活用したブランド戦略や観光振興を推進することが大切だと思う。

「農の出口は食である」。私が尊敬する世界農業遺産に関わるシェフの言葉である。日本の伝統的な里山里海里川、地元で育まれる農林水産物を率先して選び、食べて、味わう。この当たり前のことを世界農業遺産の理念を活用して日本全体に広めていけないだろうか。認定地域も含めて日本全体で、農林水産物を作ること、売ることだけではなく「食育」を推進するべきであると思う。学校教育現場において世界農業遺産の活用が進むことで、将来的に農業とそれを取り巻く文化が私たちの資産であることが認識され、日本の里山で育まれる農産物を日本の消費者が率先して選んで食べてくれることで、日本の農業遺産を支える仕組みがつくられることを願い、活動を進めていこうと考えている。

 

関連ウェブサイト
佐渡市: ジアス(GIAHS:世界農業遺産)

朱鷺と暮らす郷  

FAO - GIAHS: Sado’s Satoyama in Harmony with Japanese Crested Ibis, Japan