国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

第3回 クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環

写真提供:国東半島宇佐地域世界農業遺産推進協議会 

国東半島宇佐地域世界農業遺産推進協議会 会長 林 浩昭さん

この記事はFAO駐日連絡事務所が共同編集、JAICAF国際農林業協働協会が年4回発行する『世界の農林水産』2018年春号(通巻850号)に掲載されたものです。内容は出版当時のものとなります。

認定地の特色

九州の北東に位置する大分県国東半島宇佐地域(豊後高田市、杵築市、宇佐市、国東市、半島の北北東5kmの瀬戸内海に位置する姫島村、日出町)が、2013年5月にFAOより世界農業遺産(GIAHS)に認定されてから5年近くが経過しました。ここでは、この間に取り組まれてきたアクションプランに基づくGIAHS保全活動の一部を、農林水産省世界農業遺産等専門家会議(以下、「専門家会議」という)によるモニタリングの結果とあわせて紹介します。

当地域は、年間降水量が1,500mmにも満たず、また、短い河川が狭く険しい谷を流れ下り瀬戸内海に流れ込むため、古来より水田への灌漑が困難でした。しかし、ここに暮らす人々は、山間部の広大なクヌギ林を利用した乾しいたけ生産で生計を維持しながら、少ない雨水を涵養できる豊かな森を循環的に育んできました。ここに涵養された水を多くのため池に蓄え、稲作など多様な農業の灌漑水に利用しました。最終的には、この栄養豊かな水が瀬戸内海沿岸域を潤し豊かな漁場を育み、森と里と海が栄養や水で有機的につながった特異的な地域が形成されてきたのです。また、宇佐神宮の荘園が山間部に切り開かれ、神仏習合という独特の宗教観に裏打ちされた農耕文化が栄えてきました。

認定後の取り組み

アクションプランは、「農林水産業とそれらと関連した人々の営みの次世代への継承」と「GIAHSブランドを活用したものづくりや交流人口の拡大等による地域の元気づくり」の2つのビジョンにまとめられています。認定後は、地域住民が認定意義を深く理解し自信を醸成する活動に力を注ぎました。特に小・中・高等学校と連続して認定意義を理解できる教育プログラムが練り上げられました。小学校では、次世代へ受け継ぐ農林水産業システムを解説した漫画教本『木が食料を産む』を活用した郷土理解の総合学習が行われています。子どもたちは、郷土の歴史や農林水産業成立の仕組みを理解し、先祖が築いてきた農林水産業システムが世界に評価されたことに驚きます。中学生は、地域の価値を自分たちなりに見出し発信することに取り組み、その成果を世界農業遺産中学生サミットで発表しお互いを高めあっています。高校生は、地域の一次産業やその周辺産業で生きる人々と直接対話し、「聞き書き」作品集にまとめています。地域の人々が農林水産業に対してどのような思いを抱いているかを深く理解し、将来の自分の姿を追い求めています。私たちの思いは、ここで成長した子どもたちが、地域の価値を理解し誇りに思い、自分の言葉で国東半島宇佐地域を世界に発信する大人に成長し、将来もこの地域を考えてくれる人材に育ってくれることです。このような教育活動には、今大きな手ごたえを感じています。

2013年10月、国東半島宇佐地域世界農業遺産シンボルマークを制定し、それを活用して乾しいたけ、コメ、シチトウイ※加工品の「国東半島宇佐地域世界農業遺産地域ブランド認証制度」を開始しました。また商品に応援メッセージを付記する「応援商品」制度も創設し、GIAHSブランドの普及を図っています。大分空港での情報発信、東京銀座の大分県フラッグショップ「坐来」でのGIAHSメニューフェアやワークショップ、ミラノ国際博覧会への参加、FAO主催のGIAHSアジア太平洋ワークショップ(バンコク)での事例発表などを通じて、国内外への情報発信に努めてきました。これらの活動は、大分県農林水産部農林水産企画課世界農業遺産推進班および各市町村のGIAHS担当職員により推進され、2014年9月に設立された「おおいた世界農業遺産次世代継承ファンド(基金総額60億円)」により支えられています。

専門家会議によるモニタリング

2015年8月、国東半島宇佐地域は、国内GIAHS認定地として初めて専門家会議によるモニタリングを受けました。そのときの専門委員による助言事項をまとめると以下のようになります。(1)「クヌギ林とため池がつなぐ農林水産循環」システムに関して、流域ごとの水利システムの解析や栄養循環(森と川のつながり、後述する姫島との関係)を裏付ける客観的なデータを整理し、システムの価値を対外的に訴求していくこと、(2) 人々の豊かな日常生活を核としたツーリズムで観光客をもてなし、地域経済をさらに活性化していくこと、(3) 学校教育では、将来の担い手を確保するという観点から、農林水産業に取り組むことの価値をより正しく理解してもらうよう内容の見直しも含めてさらに前進させていくこと、(4) 能登コミュニケで勧告された先進国と開発途上国の間の結びつきについて検討すること、(5) 科学的根拠に基づいた計画的な鳥獣害対策と資源としての経済的な竹林管理を実施すること。これらの助言は、この地域に暮らす我々の生き方やGIAHSとの関わり方、そして国東半島宇佐地域世界農業遺産推進協議会(以下、「協議会」という)によるアクションプランの実施方法に重要な示唆を与えてくれました。

この助言を踏まえ、国東半島宇佐地域の農林水産循環の科学的根拠、そしてその意義を明らかにするため、大分県と3大学(北海道大学、福井県立大学、京都大学)の共同研究が実施されました。その結果は日本水産学会シンポジウムなどで発表され、森林由来の栄養塩が河川の基礎生産に影響を与えていること、森の影響が強く海にまで影響すること(非灌漑期)、漁業資源と住民をつなぐ「農林水産循環」を象徴する地域資源としてニホンウナギ等の水産物保全の必要性があること、などの科学的解明が進みました。このニュースは大分合同新聞朝刊一面(2017年3月25日)を飾るほど地域の興味を喚起しました。

新たな研究調査

平成28年度に行われた国東半島宇佐地域世界農業遺産調査研究事業では、東京大学による「伝統的な漁業管理方法から考察する国東半島宇佐地域世界農業遺産システムにおける姫島の役割に関する研究調査」が実施されました。古くから漁業が盛んな姫島では、漁業者による藻場を含めた漁業資源の管理と分配のルールが明治37年に明文化され、現在まで「漁業期節」として施行されています。研究では、すべての文書のPDF化と整理がなされ、この「漁業期節」が日本漁業の特質を示す重要資料であることが改めて確認されました。また、国東半島と姫島を取り巻く「森川里海島の循環的つながり」や、栽培漁業において「一緒に海を育てる」ための連携を強化する重要性が指摘されました。九州大学が行った「農業遺産ロングトレイルを通じた農耕文化や歴史的ストーリーの掘り起こしとその多面的価値の評価研究」では、有形な地域資源(棚田、ため池群や史跡・天然記念物など)の歴史的記述や景観の良さはもちろん、ここで生活する住民の「記憶の展示」が重要であること、それを新しい観光資源として掘り起こすべきであること、が提案されました。

このような専門家会議による評価・助言、そして研究機関による研究調査を国東半島宇佐地域の未来にどのようにつなげていくかが今後協議会に課せられた宿題です。昨年、協議会のホームページを多言語化しました。また、JICAが主催するキューバ農業普及能力強化研修の一部を地域で受け入れました。キューバ政府所属の研修員は、国東半島宇佐地域の一次産業の奥深さ、そこで展開される森林農業、さらに農業者自身の勤勉さに大きな驚きを示しました。協議会は、GIAHS地域に暮らすことの誇りと確固たる自信を醸成し、一次産業従事者のみならず、多くの地域住民がGIAHS保全活動に関わる機会を作り出していきます。また、国内外への情報発信力をもっと磨き、多くの観光客に訪れていただける地域に変貌していく活動を支援していきたいと思います。

※ 国東地方だけで生産されているカヤツリクグサ科植物で、畳表の材料となる

 

関連ウェブサイト
世界農業遺産「クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農 林水産循環」

FAO - GIAHS: Kunisaki Peninsula Usa Integrated Forestry, Agriculture and Fisheries System