国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

第7回 高千穂郷・椎葉山の山間地農林業複合システム

© 世界農業遺産高千穂郷・椎葉山地域活性化協議会事務局

宮崎県農政水産部農政企画課 中山間農業振興室 室長 小倉 久典さん

この記事はFAO駐日連絡事務所が共同編集、JAICAF国際農林業協働協会が年4回発行する『世界の農林水産』2019年春号(通巻854号)に掲載されたものです。内容は出版当時のものとなります。

「森林理想郷」高千穂郷・椎葉山地域

宮崎県の北西部に位置する高千穂郷[たかちほごう]・椎葉山[しいばやま]地域は、古来、日向国[ひゅうがのくに]の高千穂郷(現在の高千穂町、日之影町、五ヶ瀬町、諸塚村)および椎葉山(現在の椎葉村)と呼ばれた3町2村から構成されています。九州の中央部に位置し標高1,000mから1,700m級の険しい山々に囲まれた山間地です。気候は、温暖な宮崎県の中では比較的冷涼で、総面積1,410m²の約93%が森林、耕地面積は約3%ときわめて少なく、効率的な農林業を営むには厳しい条件下にあるといえます。そのような中、人々は自然を敬い、森林からの恵みを巧みに活用した複合的な農林業システムを築き上げ、その源である森林を大切に保全・管理してきました。そうした地域住民のたゆまぬ努力や特徴的な農林業、伝統文化が評価され、2015年12月、世界農業遺産に認定されました。

本地域はもともと、1987年に宮崎県が提唱したフォレストピア構想に基づき、恵まれた森林資源を活用した地域づくりに積極的に取り組んできた地域です。“フォレストピア”とは、「フォレスト(森林)」と「ユートピア(理想郷)」を組み合わせた造語で、人々が森林の恵みを上手に利用しながら、いきいきと心豊かな生活ができるところ、すなわち「森林理想郷」を意味しています。5町村にまたがる本地域が、世界農業遺産推進協議会を立ち上げ、認定に向けた取り組みを進められたのも、このフォレストピア構想による連携基盤があったからこそといえます。

高千穂郷・椎葉山の山間地農林業複合システム

本地域の農林業システムは、次のような特徴を有しています。

● 焼畑農業

椎葉山で行われている焼畑農業は、縄文時代の農法を色濃く残しています。焼く場所を毎年移し、4年程度ソバやヒエ、アワ、大豆などの穀物を栽培した後、休閑期を設け、森林を再生させる循環型農業です。

● 木材生産とモザイク林

本地域では、日本全国の木材量が減少する中にあっても活発な林業活動が続けられています。特に諸塚村では、村域全体を対象としてFSC®森林認証を取得するなど、森林を大切にする伝統が続き、全国有数の木材産地となっています。これを象徴するのが、スギ等の針葉樹林、シイタケ栽培のためのクヌギ等の落葉広葉樹林などがパッチワーク状に広がる特徴的な森林景観であり、「モザイク林相」と呼ばれています。

● 山腹用水路と棚田

本地域の農地は、標高の高い傾斜地にあるため、水の確保に苦労していました。そのため、より標高が高く、数十kmも離れた山奥に水源を求め、急峻な山腹に「山腹用水路」を建設して水を確保しました。先人の多大な努力により、現在では総延長500km以上の用水路網と1,800haを超す棚田が造成されており、そのうち7ヵ所は日本棚田百選にも選ばれています。

● さまざまな伝統的農林業

前述した以外にも、地域で採取した粗飼料を与えて少頭数を大切に育てる和牛生産、日本一の生産量を誇る釜炒り茶、循環型のシイタケ栽培など、本地域は山間地の環境で育まれた、特徴的な農林業を維持しています。

● 伝統文化と地域の絆

本地域は古事記などにおける天孫降臨の地として、多くの神話や伝承が息づいています。また、「刈干切唄」や「ひえつき節」といった日本を代表する農業労働歌など、独特の農村文化が継承されています。そして、暮らしを通じて育まれた地域連携の中で、長い伝統を持つさまざまな神楽が伝えられ、神楽を通じてさらに地域の絆を強めています。

認定後の取り組み

町村、県、関係団体で組織する「世界農業遺産高千穂郷・椎葉山地域活性化協議会(以下、協議会)」では、世界農業遺産の認定を地域活性化につなげるため、さまざまな取り組みを進めています。
認定後、最初に取り組んだのは地域住民への普及啓発活動です。世界農業遺産制度の趣旨や理念、本地域の価値・魅力をより多くの人たちに知ってもらうため、各町村でのシンポジウム開催や県内外でのプロモーション活動等を行ってきました。制度そのものの認知度が上がらなければその価値は高まらないため、今後も継続して情報発信に取り組む必要があると考えます。

また、認定の効果を地域経済に結び付けるため、特産品である棚田米や釜炒り茶、シイタケ等のブランド化に加え、棚田や焼畑、神楽などの地域資源を活用した体験ツアー等の企画にも取り組んでいます。国連教育科学文化機関(UNESCO)の世界遺産のように、急激な観光客の増加や地域経済の浮揚など、わかりやすく効果を実感することはその性質上難しいと考えますが、認定から3年が経過し、来訪者や宿泊客の増加等、一定の成果が少しずつ感じられるようになってきました。

世界農業遺産三者連携協定

協議会では、世界農業遺産の認定を地域づくりや人材育成に生かすため、2017年3月に協議会、国立大学法人宮崎大学および宮崎県立高千穂高等学校の三者間で連携協定を締結しました。協定内容は1世界農業遺産教育プログラムの構築および実践、2高千穂郷・椎葉山地域の価値を学術的な視点で明らかにすること、としており、地域に自信と誇りを持てる次世代の人材育成や世界農業遺産に関する共同研究が、この連携協定を契機にスタートしました。

● 世界農業遺産教育プログラム「GIAHSアカデミー」

GIAHSアカデミーとは、高校生が世界農業遺産について学び、地域の魅力や課題を発見していく次世代人材育成プログラムです。少人数で中長期にわたり農家への取材やフィールドワークといった能動的なプロジェクト学習に取り組み、学んだ内容を情報誌「高千穂郷食べる通信」やSNS、小中学校での出前授業等で発信しています。2018年度は海外大学等で学ぶ日本人学生とともに、本地域の課題や可能性をグローバルな視点で考える「GIAHSスタディツアー」を実施しました。

● 世界農業遺産に関する調査研究

宮崎大学の協力のもと、「山間地農林業複合システム」を構成する農林業や生活文化、その歴史的変遷などについて、本地域の固有性や価値を学術的な視点で明らかにすることを目的とした調査研究活動を進めています。宮崎大学では農学部、地域資源創成学部の教授等、有志による研究グループが「地域農林業と社会組織の把握」「遺産的要素の解明」「地域発展の課題」等について研究を行っており、研究結果は報告会や地域出前講座等で地域にフィードバックしています。

地域の課題と展望

世界農業遺産の認定により、地域に暮らす人たちにとって、その当たり前の暮らしや景観、文化が高く評価されたことは、大きな自信と誇りになっています。

また、本地域は2017年12月に農林水産省から「農泊食文化海外発信地域(SAVORJAPAN)」に認定され、さらに高千穂町、日之影町は、宮崎県と大分県にまたがる祖母[そぼ]・傾[かたむき]・大崩[おおくえ]山系とその周辺地域として、2017年6月、「ユネスコエコパーク」に登録されました。これらの国内・国際水準の地域資源ブランドを生かし、この地域ならではの地域づくりを行っていくことが重要であると考えます。

厳しさを増す国際、国内競争や農林家の高齢化など、直面する課題は多々ありますが、本地域の魅力を国内外に発信するとともに、農泊等を活用したツーリズムの確立などにより交流人口の増加を図り、豊かな自然や景観、伝統農林業を未来へと継承してまいります。

関連ウェブサイト
世界農業遺産高千穂郷・椎葉山地域

FAO - GIAHS: Takachihogo-Shiibayama Mountainous Agriculture and Forestry System