国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

第8回 みなべ・田辺の梅システム

© みなべ・田辺地域世界農業遺産推進協議会

和歌山県農林水産部里地・里山振興室 主査 林 祐光さん

この記事はFAO駐日連絡事務所が共同編集、JAICAF国際農林業協働協会が年4回発行する『世界の農林水産』2019年夏号(通巻855号)掲載されたものです。内容は出版当時のものとなります。

和歌山県みなべ・田辺地域

紀伊半島の南西海岸付近に位置する「みなべ・田辺地域」は、人口約7万6,000人、暖流の影響を受け気候は温暖で、農家のほとんどが梅を栽培し加工に関わっています。

梅生産は、栽培面積4,170ha、生産量5万tで、日本国内の50%以上の生産量を誇る「日本一の梅の生産地」です。とりわけ、1965年に地域の統一品種として選抜された「南高梅」は、梅干しの最高級品として知名度が高く、日本の梅を代表するトップブランドとなっています。

南高梅の歴史

江戸時代、安藤直次が治めていたみなべ・田辺地域の土壌は礫質で地力が弱く水稲栽培が困難でした。そんな中、山に自生していた「やぶ梅」に着目した直次が、民衆に「これを育てれば年貢を減らす」として育てさせたのが梅栽培のはじまりです。

徳川幕府8代将軍吉宗の頃には将軍も絶賛するほどになり、明治時代に和歌山県の旧上南部村(現・みなべ町)で高田貞楠が果実の大きい梅を見つけ、高田梅と名付けて栽培し始めました。

1950年に「梅優良母樹調査選定委員会」が発足し、5年にわたる調査の結果、37種の候補から高田梅を最優良品種と認定、調査に尽力したのが南部高校の教諭竹中勝太郎(調査委員長、後の南部川村教育長)と生徒であったことから、教育的な配慮もあり南部高校の愛称である「南高」を使って南高梅と名付けられ、現在に至っています。

みなべ・田辺の梅システム

みなべ・田辺の梅システムは、約400年前から受け継がれてきた梅栽培を中心とする持続可能な農業システムで、その特徴を一言でいうと「循環」です。
薪炭林を残しつつ、山の斜面に梅林を配置することで、水源涵養や崩落の防止などの機能を持たせながら高品質な梅を生産しています。また、薪炭林では紀州備長炭が生産されているとともに、そこに生息するニホンミツバチは、梅の花粉を媒介することでその生育を助けています。

そして、里地・里山の自然環境の保全により、豊かな農業生物多様性を維持しています。

紀州備長炭の「薪炭林」で山を守る昔から「薪炭林を残すため、山全体を梅林にしない」という慣習が守られてきました。炭焼き職人が紀州備長炭の原材料のウバメガシやカシを択伐[たくばつ]することで、土砂崩れなどにより山が荒れるのを防いでいます。この炭焼き職人による地道な管理・整備があってこそ、里山は健全な状態に保たれ、持続可能な農林業が維持されます。

ミツバチによる受粉で梅が育つ

梅の多くの品種は、自家受粉できないため、他種の梅を近くに植え、その花粉で受粉・結実させます。何百という木に手作業で行うのは困難なため、古くから受粉にはニホンミツバチが利用されてきました。花の少ない早春に満開となる梅は、地域に生息するニホンミツバチにとって貴重な蜜源となっており、本格的な活動シーズン前のトレーニングの機会にもなっています。この梅とミツバチとの共生関係が世界農業遺産として評価されました。

梅の収穫・加工技術が高品質の南高梅を生む

地域のほとんどの梅生産農家は、収穫した梅を白干しにする一次加工まで行います。そのため、南高梅は栽培の段階から、良質の梅干しになるように育てられます。また加工業者も、南高梅の魅力や特徴を熟知しています。

この「地域の生産農家と加工業者との密接な連携」も、世界農業遺産として評価されたポイントです。

薪炭林から海辺まで多様な生態系を保つ

地域の梅林と薪炭林では、ハイタカやオオタカの生息に加え、サシバやハチクマの飛来が、また山間のため池や里地の水田では、セトウチサンショウウオやアカハライモリなどの希少種が確認されています。「持続可能な農業システム」の波及効果は高く、土壌の崩落や流出が防がれることで多様な生き物の生態系が維持されています。千里の浜(みなべ町)は、本州でアカウミガメの産卵の密度が最も高い場所となっています。

認定後の取り組み

市町、県、関係団体で組織する「みなべ・田辺地域世界農業遺産推進協議会(以下、協議会)」では、世界農業遺産の認定を地域活性化につなげるため、さまざまな取り組みを進めています。

認定後、最初に取り組んだのは地域住民への普及啓発活動です。世界農業遺産制度の趣旨や理念、本地域の価値・魅力をより多くの人たちに知ってもらうため、各市町でのシンポジウム開催や県内外でのプロモーション活動等を行ってきました。制度そのものの認知度が上がらなければその価値は高まらないため、今後も継続して情報発信に取り組む必要があると考えます。

また、認定の効果を地域経済に結びつけるため、世界農業遺産応援ロゴマークを作成し、特産品である南高梅、備長炭等の更なるブランド化に加え、梅の収穫や備長炭の窯出し体験などの地域資源を活用した体験ツアー等の企画にも取り組んでいます。

世界農業遺産は、国連教育科学文化機関(UNESCO)の世界遺産のように、認定後すぐに効果が発揮されるものではないと思いますが、認定から3年半が経過し、農業や林業に関わる方々の講習会参加者数や地域への来訪者数が増加してきていることなどから、一定の成果があがっていると考えています。

今後の課題と展望

世界農業遺産の認定により、地域で暮らす方々にとって、日常となっている暮らしや景観、文化が高く評価されたことは、大きな自信と誇りになっています。

本地域では、農家数の減少、高齢化の進行、梅の消費量の減少、失われつつある薪炭林の管理技術といった梅システムの継承における課題があります。協議会では、平成29年度に地域住民主導による「GIAHS活用プラン」を策定し、これらの課題解決に向けた取り組みを進めてきました。

国際的なお墨付きとこの地域にしかない地域資源を活かし、他では真似のすることのできない取り組みを行っていくことが重要であると考えます。また、海外への輸出拡大を図る取り組みも、地域振興につながる重要なものであり、引き続き推進するとともに、東京オリンピック・パラリンピックをその絶好の機会と捉え、食材提供に向けた取り組みを進めていきたいと考えています。

伝統技法や伝統文化は、絶やさぬように地道に継承していく必要があるため、行政主導で引き続き普及・啓発に取り組んでいかなければならないと考えています。農業遺産を活用した国内外に向けた情報発信や観光誘客の取り組みについても、地域活性化のため、必要不可欠であり、引き続き努力していく必要があります。

そして、FAOから特に要請いただいた、「梅システム」を活用した国際貢献について、引き続き推進し、開発途上地域の持続的な発展に貢献していきたいと考えています。

本地域が直面する課題は多々ありますが、みなべ・田辺の梅システムの魅力を国内外に発信するとともに、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」や農林業体験等を組み合わせた観光メニューの造成により、交流人口の増加を図り、豊かな自然や景観、伝統的な農林業を未来へと継承してまいります。

 

関連ウェブサイト
和歌山の世界農業遺産「みなべ・田辺の梅システム」

FAO - GIAHS: Minabe-Tanabe Ume System