国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

ウクライナ及びロシア連邦の世界の農産物市場における位置づけと現下の戦争に伴うリスク (2022年3月11日)

(仮訳)FAO インフォメーションノート

05 July 2019, Krasne, Ukraine - Combine harvester at work in a wheat field near Krasne village.

©FAO/Anatolii Stepanov

2022/03/11

概要(エグゼクティブサマリー)

※本概要は仮訳であるため、正確には原文(https://www.fao.org/fileadmin/user_upload/faoweb/2022/Info-Note-Ukraine-Russian-Federation.pdf)をご参照ください。 原文と相違がある場合には、原文が優先されます。

 

1 市場構造、貿易の概要及び最近の価格動向

1.1 市場シェア

• ロシア連邦とウクライナは、世界の農産物の最も重要な生産国の一つである。両国はいずれも農産物の純輸出国であり、食料や肥料の世界市場を牽引している。食料や肥料を輸出できるのが一握りの国に集中しているため、これらの市場はショックや価格変動に対しより脆弱な体質を有している。

• 2021 年の小麦、とうもろこし、なたね、ひまわり種子、ひまわり油の世界の輸出を見ると、ロシア連邦、ウクライナの両国、あるいはそのどちらかが輸出上位3か国に入っている。さらにロシア連邦は、窒素質肥料輸出で世界第1位、加里質肥料及びりん酸質肥料の輸出で世界第2位となっている。

1.2 貿易の概要

• 後発開発途上国(LDC: Least Developed Country)や低所得食料不足国(LIFDC: Low Income Food-Deficit Country)を含め食料や肥料を輸入に大きく依存する多くの国々は、 ウクライナやロシアからの輸入により食料需要を満たしている。また、これらの国の多くは、今般の紛争前からすでに食料や肥料の国際価格の上昇の影響を受け厳しい状況に置かれていた。

 

2 リスク分析:紛争から生じるリスクの評価

2.1 貿易リスク

• ウクライナでは、紛争の激化によりすでに港が閉鎖され、油糧種子の圧搾作業も一時停止し、輸出許可が要求されるようになった品目もある。こうした状況下では、今後数か月の間に同国の穀物及び植物油の輸出が大きな打撃を受けることが予想される。また、ウクライナでは、長引く紛争により、今後作物を収穫することができるか不透明な状況となっている。さらに、ロシアに課された経済制裁によりロシアの農作物の取引が困難となることも予想され、今後のロシアの輸出動向も大きな不確実性を伴っている。

2.2 価格リスク

• FAOが実施したシミュレーションにおいて、これら2か国の穀物及びひまわり種子の輸出が突如急激に減少した場合に起こりうる影響を評価したところ、2022/23年の市場出荷時期には、他の代替供給先からの輸出ではこれら2か国からの輸出不足分が部分的にしか補われないと予測している。また生産投入財コストの上昇により、多くの代替輸出国の生産能力や輸送能力の強化は限定的となると考えられる。その結果生じる世界的な供給不足が、すでに高騰している食料及び飼料の国際価格をさらに8~22%押し上げることが懸念される。

• もしこの紛争により原油価格が高止まりを続け、2022/23年期以降もこれら2か国からの輸出減少が長期化した場合は、たとえ価格上昇に乗じて他の生産国が生産を拡大したとしても、穀物やひまわり種子の国際市場では著しい供給不足が続き、国際価格は基準値よりかなり高い水準で推移することが見込まれる。

2.3 物流リスク

• この紛争がウクライナの内陸部の輸送インフラや海港、貯蔵及び加工施設を破損・破壊してしまうのではないかという懸念も生じている。これらのインフラが機能しなくなった場合、例えば鉄道輸送が海上輸送を代替したり、より小規模な加工施設が近代的な油糧種子圧搾施設を代替できる能力は限られており、一層懸念すべき状況となっている。

• また黒海地域に停泊せざるを得ない船舶の保険料の引上げについても総じて危惧する声が上がっている。保険料の引上げは、すでに上昇している海上輸送料をさらに押し上げ、最終的に輸入者が支払う食料の国際取引価格を引上げることとなるからである。

2.4 生産リスク

• 2022/23年の冬作物の当初の生産見通しは、ウクライナもロシア連邦も良好との予測だったが、ウクライナでは、紛争により、農家が農地で耕作したり、収穫したり、作物を販売したりすることができなくなる可能性や、基本的な公共サービスの寸断により農業関連活動が影響を受ける可能性が出てきている。

• FAO の暫定的なアセスメントでは、この紛争によって、冬穀物、とうもろこし、ひまわり種を生産するウクライナの農地のうち 20~30%が作付けされないか、もしくは2022/23 年期には収穫されず、これらの作物の収量が減少すると予測している。 

• ロシア連邦については、作物への目立った混乱は現場では生じてはいないものの、同国に対し課された国際的な制裁により食料輸出にどのような影響が生じるか先行きが不透明となっている。中期的には、輸出の減少が農家の所得を引下げ、その結果将来の生産判断にマイナスの影響を与えると考えられる。

2.5 人道上のリスク

• 現下の 紛争により、ウクライナにおける人道上のニーズが高まりを見せる中、この紛争が激化する以前から同国東部で8年以上も続く紛争により、すでに避難を余儀なくされたり支援を必要としている何百万もの人がより深刻な状況にさらされている。この紛争で農業生産が確実に減少し、経済活動が制限され、物価が上昇することから、地域住民の購買力は一層低下し、食料不安や栄養不良が進むと考えられる。

• ウクライナからの避難民を受け入れている近隣諸国でも人道上のニーズが高まっている。

• 世界的には、もし今般の紛争によってウクライナやロシア連邦からの食料輸出が突然長期間にわたり減少すると、食料の国際価格に対するさらなる上昇圧力となり、特に経済的に脆弱な国に被害が及ぶおそれがある。FAO のシミュレーションでは、このシナリオ下では、2022/23 年に栄養不良に陥る世界の人口はさらに 800 万人から 1,300 万人増加する可能性があり、中でもアジア・太平洋地域での増加が最も著しく、次いでサブサハラ・アフリカ地域、近東・北アフリカ地域が続くと予測している。

2.6 エネルギーリスク

• ロシア連邦は、また世界のエネルギー市場の主要なプレイヤーでもある。農業は特に先進国において極めてエネルギー集約型な産業であることから、この紛争に伴うエネルギー価格の急騰による影響は免れない。

• 農業は、直接的には燃料やガス、電気を使用し、また間接的には肥料や殺虫剤、潤滑油等のアグリケミカルを使用することで、大量のエネルギーを消費している。

• 紛争により肥料やその他のエネルギーを大量消費する製品の価格が上昇しており、総じて農業投入財の価格は著しく値上がりすることが見込まれる。そして、投入財の価格上昇は、生産コストの上昇を招き、ひいては食料価格の上昇をもたらすと考えられる。また、投入財の価格上昇により投入財の使用量は減少し、2022/23年の収穫期の収量や生産量を押し下げ、その結果今後数年にわたり世界の食料安全保障の状況を悪化させるリスクが生じることが予想される。

• エネルギー価格の上昇は、またバイオエネルギーの原料としての農産物(特にとうもろこし、砂糖、油糧種子/植物油)の需要も高める。エネルギー市場の規模が食料市場の規模より大きいことを踏まえると、食料価格はバイオエネルギー市場で求められる農産物価格と同等程度まで引上げられることが予想される。

2.7 為替レート、債務、及び成長のリスク

• ウクライナ通貨フリヴニャが、2022 年3月初旬、対米ドル史上最安値を記録したことから、ウクライナの農業は輸出競争力が増す一方、輸入への影響が大きくなってきている。現時点ではその影響の程度は定かではないが、紛争が同国の生産能力やインフラにもたらした被害からの回復や復興には、かなり多額の費用を要すると見込まれる。

• ロシア連邦に課された経済制裁はロシアルーブルの暴落ももたらした。ルーブル安はロシアからの農産品輸出を一層後押しすることにはなるが、一方でロシアにおける投資や生産性の向上についての見通しは明るくないと考えられる。

• 経済活動の低下やルーブルの下落は、中央アジア諸国で国内総生産(GDP)のかなりのシェアを占める本国送金フローの低下をもたらし、これらの国々にも甚大な影響を与えることが予想される。

• 農業は多くの開発途上国にとって経済の屋台骨であり、これらの国の多くが米ドル建ての債務に依存している。そのため、対ドル自国通貨高が続くと農業食料セクターを含め自国経済に著しいマイナス影響をもたらすことが予想される。さらに、世界のいくつかの地域でGDP 成長率が鈍化すれば、農産物や食料への国際的な需要に悪影響を及ぼすだろう。またその結果世界の食料安全保障をも脅かし、さらにもし世界的に軍事費が増加するようなことになれば開発に向かう資金が減少することが予想される。

 

3 政策提言

• 紛争によってウクライナ及びロシア連邦の食料・農業セクターが被害を被らないよう、 また被害が生じた場合はそれを限定的なものにとどめるよう、食料や肥料の貿易については、国内需要や世界の需要を満たしつつ国際的に開かれたものとすべくあらゆる努力が払われなければならない。また、既存の作物や家畜、食品加工施設及びあらゆる物流網を保護する等、サプライチェーンが滞りなく機能し続けるよう留意しなければならない。

• ウクライナやロシア連邦からの食料輸入に依存する国は、紛争によって生じるショックを吸収しレジリエントであり続けるため、他の輸出国からの輸入、既存の食料備蓄の活用、自国の国内生産拠点の拡大等を通じ、食料の供給源を多様化すべきである。

• この紛争が脆弱な人々の食料安全保障にもたらす影響に鑑み、紛争によって生じる苦しみを和らげ回復を促すためにも、適時に状況をモニタリングし、的を絞った社会保護の手を差し伸べることが必要である。ウクライナ政府の統合社会情報システム(Unified Social Information System)がいまだカバーしきれていない人々を同システムに登録し対象を広げることで、国内避難民や難民、紛争による被害を受けた人々へ同国の社会保護の手が行き渡るようにすべきである。

• 難民の受入国は、法的な要件の免除や、取扱い件数の増加に対処するため必要に応じ自国の社会保障制度の対象を拡大するなど、既存の社会保障制度や雇用機会へのアクセスを容易にするべきである。

• 紛争によって生じる混乱の影響を受ける国は、自国の対策が国際市場に及ぼしうるマイナスの影響を、長期的な視点も含め慎重に比較検討しなければならない。特に、輸出規制については、市場価格の変動を増長し国際市場の緩衝能力を制約するなど中期的にマイナスの影響をもたらすことから、回避しなければならない。

• 農産物市場の動向が不透明な中、確実に国際市場が適切に機能し続け、食料・農産品の取引が円滑に行われるためには、市場の混乱を最小限に抑える必要があり、その際重要な役割を果たす市場の透明性の確保や政策対話が強化されなければならない。