国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

ウクライナ及びロシア連邦の世界の農産物市場における位置づけと ウクライナでの戦争に伴うリスク (2022年6月10日更新)

(仮訳)FAOインフォメーションノート

05 July 2019, Krasne, Ukraine - Combine harvester at work in a wheat field near Krasne village.

©FAO/Anatolii Stepanov

2022/06/10

概要(エグゼクティブサマリー)

※本概要は仮訳であるため、正確には原文(https://www.fao.org/3/cb9013en/cb9013en.pdf)をご参照ください。原文と相違がある場合には、原文が優先されます。

 

1 市場構造、貿易の概要及び最近の価格動向

1.1 市場シェア

• ロシア連邦とウクライナは、世界の農産物の最も重要な生産国の一つである。両国はいずれも農産物の純輸出国であり、食料や肥料の世界市場への供給を牽引している。食料や肥料の輸出が一握りの国に大きく集中していることで、これらの市場はショックや価格変動に対しより脆弱となる可能性がある。

• 2021年の小麦、大麦、とうもろこし、なたね、なたね油、ひまわり種子、ひまわり油の世界の輸出状況を見ると、ロシア連邦、ウクライナの両国、あるいはそのどちらかが輸出上位3か国に入っている。さらにロシア連邦は、窒素質肥料輸出で世界第1位、加里質肥料輸出で世界第2位そしてりん酸質肥料輸出で世界第3位となっている。

1.2 貿易の概要

• 食料や肥料を輸入する数多くの国々は、その多くが後発開発途上国(LDC: Least Developed Country)や低所得食料不足国(LIFDC: Low-Income Food-Deficit Country)であり、ウクライナやロシアからの輸入により自国の食料需要を満たしている。また、これらの国々の多くは、戦争の前からすでに食料や肥料の国際価格の上昇の影響を受け厳しい状況に置かれていた。

 

2 リスク分析:ウクライナでの戦争から生じるリスクの評価

2.1 貿易リスク

• ウクライナでは、今般の戦争により作物の収穫ができるのか懸念が生じている。すでに港は閉鎖され、油糧種子の圧搾作業も停止し、輸出向けの農産物に影響が出ている。こうした状況は、同国の穀物及び植物油の輸出に大きな打撃を与えている。さらに、ロシアに課された経済・金融制裁により、同国の輸出動向も不確実性を伴っている。

2.2 価格リスク

• FAOが実施したシミュレーションでは、これら2か国の穀物及びひまわり種子の輸出が突如急激に減少した場合に起こりうる影響を評価し、2022/23年の市場出荷時期には、他の代替供給先からの輸出ではこれら2か国からの輸出不足分が部分的にしか補われないかもしれないと予測している。また生産コスト及び農業投入財コストの上昇により、多くの代替輸出国の生産能力や輸送能力の強化は限定的であると考えられる。その結果生じる世界的な供給不足により、すでに高騰している食料及び飼料の国際価格基準はさらに8~22%押し上げられる可能性がある。

• もしこの戦争により原油価格が高止まりを続け、2022/23年期以降もこれら2か国からの輸出減少が長期化した場合は、たとえ生産物の販売価格の上昇に乗じて他の輸出国が生産を拡大したとしても、穀物やひまわり種子の国際市場では著しい供給不足が続き、国際価格は基準値よりかなり高い水準で推移することが見込まれる。

2.3 物流リスク

• ウクライナでは、激しい戦闘により内陸部の輸送インフラや海港、貯蔵及び加工施設が破損・破壊された。また、港における全ての商船の荷役作業も停止を余儀なくされた。鉄道、河川、道路輸送が海上輸送を代替できる能力や、より小規模な加工施設が近代的な油糧種子圧搾施設を代替できる能力は限られており、懸念が大きく高まっている。

• また黒海に向かう船舶の保険料の引上げや戦争が保険でカバーされていないことにより、すでに上昇している海上輸送費がさらに押し上げられ、食料の輸入価格がさらに上昇している。

2.4 生産リスク

• 2022/23年の冬作物の生産見通しはウクライナもロシア連邦も良好だが、一方で不確実性が残る。ウクライナ東部の戦闘が収まった地域では、戦争の残存物が農業活動を妨げているにも関わらず、農家はアクセス可能な農地で農業を再開し、とうもろこし、大麦、ひまわり種子などの春作物の種まきを行った。なお、基本的な公共サービスの寸断やサプライチェーンの停滞による局地的な農業投入財の不足も、農業活動にマイナスの影響を与えている。ウクライナが管理する領土において、主要な春作物の種がまかれる農地は約20%減少したと予想されている。

• ウクライナでは、冬小麦の収穫は7月初旬に始まる見通しである。戦争の影響により、冬作物の種がまかれたウクライナの農地のうち20~30%が2022/23年期には収穫されない見込みである。どのくらいの農地で収穫ができ、そのうちどのくらいの作物が貯蔵できるかは、どれだけ燃料を確保できるかにかかっている。

• 戦争は、ウクライナが動物疾病をコントロールする能力にも影響を及ぼしうる。この戦争により、同国内及び近隣諸国における動物疾病、特にアフリカ豚熱(ASF)が広がるリスクが大幅に高まる可能性がある。

• ロシア連邦では、農作物への目立った混乱は生じないと見込まれている。それでもなお、食料と肥料は国際的な制裁対象から外れているとはいえ、同国の輸出能力については先行きが不透明である。どのような輸出の減少も農家の所得を引下げる可能性があり、将来の作付け判断にマイナスの影響を与えると考えられる。

• ロシア連邦に課せられた経済制裁は、同国がかなりの部分を輸入に依存している農業投入財、特に農薬や種子の輸入を滞らせる可能性がある。それにより、将来の作付量や収量が減り、また品質が低下する可能性もあるため、次の作付け期においてロシアの農業セクター、そして世界の食料供給がリスクにさらされる可能性がある。

2.5 人道上のリスク

• 現下の戦争により、ウクライナにおける人道上のニーズが高まりを見せている。同国東部で8年以上も続いている戦争により、すでに避難を余儀なくされたり支援を必要としていた何百万もの人がより深刻な状況にさらされている。この戦争で農業生産が確実に減少し、経済活動が制限され、物価が上昇することから、地域住民の購買力は一層低下し、食料不安や栄養不良が進むと考えられる。

• ウクライナからの避難民を受け入れているウクライナの近隣諸国での人道上のニーズも大きく増加した。

• 2022年には、41か国で1億8,100万に上る人が食料危機に見舞われ、食料不安がさらに一層深刻化する可能性があると予測している。しかし、これらのほとんどの分析ではウクライナでの戦争の影響は考慮されていない。地元での食料生産に強く焦点を当てた迅速かつ持続的な人道的支援なしには、世界の食料安全保障の状況は大きく後退することが見込まれる。

• もし今般の戦争によってウクライナやロシア連邦からの食料輸出が長期間にわたり減少すると、食料の国際価格に対しさらなる上昇圧力が加わり、経済的に脆弱な国に被害が及ぶであろう。FAOのシミュレーションでは、このシナリオ下では、2022/23年に栄養不良に陥る世界の人口はさらに800万人から1,300万人増加する可能性があり、中でもアジア・太平洋地域での増加が最も著しく、次いでサブサハラ・アフリカ地域、近東・北アフリカ地域が続くと予測している。戦争が続けば、2022/23年以後も影響は続くと思われる。

• 最後に、3つ目のより極端なシナリオでは、2022年及び2023年にウクライナ及びロシア連邦の輸出が著しく減少し、更に肥料の購入や入手が困難となることにより世界の食料生産がこの輸出減に対応できないことを想定したところ、2023年に栄養不良に陥る人口は1,900万人近く増加する可能性があると予測している。

2.6 エネルギーリスク

• ロシア連邦は、世界のエネルギー市場の主要なプレイヤーである。農業は特に先進国において極めてエネルギー集約型な産業であることから、この戦争に伴うエネルギー価格の急騰による影響は免れない。

• 農業は、直接的には燃料やガス、電気を使用し、また間接的には肥料や殺虫剤、潤滑油等のアグリケミカルを通して大量のエネルギーを必要とする。

• 戦争により肥料やその他のエネルギーを大量消費する製品の価格が上昇しており、総じて農業投入財の価格は著しく値上がりすることが見込まれる。そして、投入財の価格上昇は、生産コストの上昇を招き、ひいては食料価格の上昇をもたらすと考えられる。また、投入財の価格上昇により投入財の使用量は減少し、2022/23年期の収量や収穫を押し下げ、その結果今後数年にわたり更なる価格高騰や世界の食料安全保障の状況を悪化させるリスクが生じる。

• エネルギー価格の上昇により、特にとうもろこし、砂糖、油糧種子/植物油などのバイオエネルギーの原料としての農産物も高値となる。エネルギーの市場規模が食料より大きいことを踏まえると、食料価格はバイオエネルギー市場で求められる農産物価格と同等程度まで押し上げられることが予想される。

2.7 為替レート、債務、及び成長のリスク

• ウクライナ通貨フリヴニャが、2022年3月初旬、対米ドル史上最安値を記録したことから、ウクライナでは輸出競争力が増す一方で輸入は抑制される等、農業への影響が大きくなってきている。

• 現時点ではその影響の程度は定かではないが、戦争が同国の生産能力やインフラにもたらした被害からの回復や復興には、かなり多額の費用を要すると見込まれる。

• ロシア連邦に課された経済制裁により、ロシアルーブルの為替レートは大きく変動した。ルーブルは他の主要な通貨に対し急落した後、著しく上昇し、対米ドルの1月の水準を40%上回り、それによりロシアの農産品輸出の競争力は低下した。

• ロシア連邦での景気後退は、中央アジア諸国で国内総生産(GDP)のかなりのシェアを占める本国送金フローの低下をもたらし、同地域の多くの国々にもマイナスの影響を与えることが予想される。

• 現下の戦争はまた、世界的な波及効果をもたらしうる。COVID-19のパンデミックによる景気の後退からいまだ立ち直ろうとしている今この時に、最も脆弱な国と人々は、経済成長の鈍化と更なるインフレにより大きな打撃を受けると予想される。

• 農業は多くの開発途上国にとって経済の屋台骨であり、これらの国の多くが米ドル建ての債務に依存している。そのため、他の通貨に対し米ドル高が続くと農業食料セクターを含め自国にマイナス影響をもたらすことが予想される。さらに、世界のいくつかの地域でGDP成長率が鈍化すれば、農産物や食料の世界的需要に悪影響を及ぼし、ひいては世界の食料安全保障をも脅かすと予想される。

 

3 政策提言及び提案

• ウクライナおよび同国の脆弱な立場にある人々への支援は不可欠である。FAOはウクライナにとどまり活動を続けており、現地のチームを増強している。FAOはまた、地方行政や商業的農業を営む農家を対象としたウクライナ全土におけるニーズ・アセスメントを実施し、さらに国内避難民の流入が著しいエリアでの世帯調査を実施している。その結果を踏まえ、ウクライナで的を絞った活動を実施するための緊急支援計画を策定した。さらに、FAOはすでにウクライナの復興や回復のニーズを調査する枠組みも構築している。

• 戦争により食料・農業セクターへの被害が及ばないよう、また被害が生じた場合はそれを限定的なものにとどめるよう、食料や肥料の貿易については、国際的に開かれたものとし続けるべくあらゆる努力が払われなければならない。また、既存の作物や家畜、食品加工施設及びあらゆる物流網を保護する等、サプライチェーンが滞りなく機能し続けるよう留意しなければならない。

• ウクライナやロシア連邦からの食料輸入に依存する国は、戦争によって生じるショックを吸収しレジリエントであり続けるため、自国の食料需要を満たすために他の代替輸入先を探さなければならない。また、既存の食料備蓄を活用し、自国の国内生産拠点を拡大して、食料の供給源を多様化すべきである。

• 深刻な食料不安に陥っている人のうちの少なくとも3分の2は農業を基盤に生計を立てている地方の農村の人々であることから、ウクライナ及び世界の人道支援は地元で栽培でき栄養価の高い農作物の生産拡大への支援と、農業をよりレジリエントにするための取組を優先しなければならない。この戦争が脆弱な人々の食料安全保障にもたらす影響に鑑み、苦しみを和らげ速やかな回復を促すためにも、適時且つ的を絞った社会保護の手を差し伸べることが必要である。

• 戦争による被害を受けた国内避難民や難民、その他の人々へウクライナの社会保護の手が行き渡るよう、ウクライナ政府の統合社会情報システム(Unified Social Information System)は未だカバーしきれていない人々へ対象を広げ、その人々を同システムに登録するべきである。

• 難民の受入国は、法的な要件の免除や取扱い件数の増加に対処するため、自国の社会保障制度の対象を拡大する等、既存の社会保障制度や雇用機会へのアクセスを促進すべきである。

• 戦争による混乱の影響を受けた国は、貿易に関し自国が講じる措置が国際市場に及ぼしうる被害効果を、特に長期的な視点も含め慎重に検討しなければならない。とりわけ輸出規制については、市場価格の変動を増長し国際市場の緩衝能力を制約する等中期的にマイナスの影響をもたらすことから、回避しなければならない。

• ウクライナでの戦争が世界の最も脆弱な国々の食料安全保障にもたらす影響に対応すべく、FAOは世界食料輸入ファイナンシング・ファシリティーに関する詳細なテクニカルノートを作成した。これは、食料輸入及び農業投入財の費用の増加へ対応するためのメカニズムを提示することを目的としている。同ファシリティーを活用することで、脆弱な国々は自国の農業食料システムへの長期にわたる影響を緩和し、将来の緊急支援の必要性を減らすことが可能となりうる。

• 更に我々は、社会的保護支援に関しより的を絞って対応するため、最も脆弱な国々において国及び地域レベルでの食料不安の状況を測る指標を導入するための提案書を作成した。

• より効率性を高めるという観点から、二つの政策提言が大変重要である。第一に、肥料の使用において無駄を削減し効率を上げるためには、詳細な土壌地図を作成し、更に肥料効率を上げる技術を活用すべきである。こうすることにより、最も脆弱な国が他の国の教訓を基に肥料を効率的に使用する助けとなる。

• 第二に、我々は食料ロス・廃棄を削減する必要がある。世界では大量の食料ロス・廃棄が発生しており、それは約12.6億人分の食料に相当するだけではなく、環境にも多大な負荷をかけている。果物や野菜は一日一人当たり400g摂取することが推奨されているが、もし我々が食料ロス・廃棄を50%削減することができれば、この量を十分に供給することができる。

• アフリカ豚熱やその他の動物疾病の蔓延は、早期発見、タイムリーな報告、迅速な疾病の封じ込め、そして監視スキームや対象を絞った動物のサンプリング等ウイルス検出のための対策を実施し、全ての地域におけるバイオセキュリティと家畜管理の改善を通じて封じ込められなければならない。

• 国際市場が機能し続け、食料・農産品が円滑に取引されるためには、農産物市場の動向が不確実な中、市場の混乱を最小限に抑える必要があり、その際重要な役割を果たす市場の透明性の確保や政策対話が強化されなければならない。