Japan

国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所

2026年の中東における紛争が世界の農業・食料分野に及ぼす影響— エネルギーおよび肥料貿易、食料安全保障への影響 —

(仮訳)FAOインフォメーションノート

©FAO

2026/03/15

国際連合食糧農業機関(FAO)
チーフ・エコノミスト オフィス[1]

※本概要は仮訳であるため、正確には原文(https://openknowledge.fao.org/server/api/core/bitstreams/1aafb5d8-39d1-481a-b1f8-25facaec3051/content )をご参照ください。原文と相違がある場合には、原文が優先されます。



主要メッセージ

イラン・イスラム共和国および中東地域における紛争の激化は、世界のエネルギー、肥料、ならびに農業・食料システムに対するリスクを急速に高めている。

原油、ガス、肥料にとって重要な要衝であるホルムズ海峡では、すでに混乱が生じており、これが世界的なエネルギーや農業投入財のコスト上昇を招いている。

肥料不足およびエネルギー価格の上昇が作物の収穫量に影響を及ぼす一方、本国への送金の減少やバイオ燃料生産への転換の可能性により、特にアフリカ、アジア、その他輸入に依存する地域において、食料価格の変動を増幅させる恐れがある。

サプライチェーンを安定化させるためには、代替貿易ルートの開拓、市場のモニタリング強化、農家への財政支援、脆弱な国への支援といった緊急の対応が必要である。

長期的には、国内農業、持続可能な肥料生産、再生可能エネルギー、構造調整に重点を置くべきであり、同時にホルムズ海峡再開に向けた外交努力は、世界のエネルギー安全保障および食料安全保障を確保する上で不可欠である。


概要


1.
2026年2月にペルシャ湾で勃発した紛争は、世界のエネルギー、肥料、ならびに農業・食料システムに大きな衝撃をもたらした。その主な要因は、ホルムズ海峡を通過する貿易の混乱である。同海峡は湾岸地域のエネルギー生産国と世界市場を結ぶ戦略的な海上回廊で、通常は、原油および石油精製品については、世界の海上輸送原油の約4分の1に相当する1日当たり約2,000万バレルが通過し、また多くの液化天然ガス(LNG)や肥料も同海峡を通って輸出されている。

2.
紛争発生から数日のうちに、ホルムズ海峡を通過するタンカーの交通量は90%以上減少し、輸送は大幅に制限された。この混乱により、急速に世界のエネルギー市場および農業・食料システムが不安定となった。

3.
ペルシャ湾岸地域は、世界のエネルギーシステムにおいて中心的役割を果たしている。世界の原油およびガスの多くは、バーレーン、イラク、イラン・イスラム共和国、クウェート、カタール、サウジアラビア、オマーン、アラブ首長国連邦など同地域の国々から輸出されている。また、世界のLNG輸出の約5分の1は同地域に由来し、液化石油ガス(LPG)や軽油、ジェット燃料などの精製燃料の主要供給地でもある。

4.
海上リスクの増大と保険料の急騰を受け、ホルムズ海峡を通過する船舶の航行は急減し、生産者は減産を余儀なくされた。3月初旬までに、同回廊を通じた輸出量は紛争前の10%以下の水準にまで落ち込み、輸出制約により一時的に1日当たり約1,000万バレルの原油の生産停止に追い込まれたと推計されている。

5.
世界市場は即座に反応した。重大な地政学的リスクプレミアムが市場の予想に織り込まれ、原油価格は急騰した。ブレント原油価格は紛争後数日で約20~35%上昇し、一時は1バレル115~120米ドルに達し、米国の原油指標価格も1バレル100米ドルを超えた。

6.
天然ガス市場ではさらに大きな変動が生じ、特に欧州では、この危機発生から数週間で指標価格が約50~75%上昇した。これらの動向は、世界のエネルギー市場を逼迫させ、輸送、工業、及び農業全体のコストを押し上げている。

7.
各国政府および国際機関は市場安定化を試みている。2026年3月11日、国際エネルギー機関(IEA)は、戦略石油備蓄から約4億バレルを協調放出すると発表した。これは同機関史上最大の緊急放出である。この発表は市場の沈静化に寄与したものの、放出量は湾岸地域からの通常供給量の約20日分にすぎず、紛争が長期化した場合に緊急備蓄が果たせる役割には限界があることを示している。

8.
エネルギーに加え、ペルシャ湾岸地域は世界の肥料生産・輸出の主要拠点でもある。イラン・イスラム共和国、カタール、サウジアラビア、オマーンなどは、尿素やアンモニアを含む窒素肥料の世界有数の輸出国で、近年、同地域は世界の尿素輸出の約30~35%、アンモニア輸出の約20~30%を占めてきた。全体として、国際的に取引される肥料の最大30%がホルムズ海峡を通過している。しかし、海上輸送の深刻な混乱および治安上の懸念による生産施設の損傷や一時停止により、肥料のサプライチェーンは大きな影響を受けている。減産や輸送上の制約により、1か月で約300万~400万トンの肥料貿易が停滞したと考えられている。

9.
原油と異なり、肥料分野には国際的協調下で整備された戦略備蓄が存在しないため、供給の混乱への対応は一層困難である。価格はすでに大幅に上昇しており、3月初旬には中東産粒状尿素価格が2月下旬比で約20%近く上昇した。リン酸二アンモニウムなどその他の肥料価格も上昇している。窒素肥料の生産は、原料の天然ガスに大きく依存するため、エネルギー価格上昇は生産コストをさらに増加させている。この危機が継続した場合、2026年前半の世界の肥料価格は平均で15~20%高くなる可能性がある。

10.
これらの動向は、すでに世界の農産物市場に影響を及ぼし始めている。肥料および燃料価格の上昇は農業生産コストを増大させ、多くの地域で肥料使用量の削減につながる可能性がある。生産資材の投入量が低水準にとどまった場合、今年後半における作物の収穫量の低下を招き、世界の穀物供給が一層逼迫するおそれがある。

11.
同時に、エネルギー価格の上昇は、農場の経営、灌漑、輸送、貯蔵、食品加工など農業サプライチェーン全体でコストを押し上げている。

12.
国際市場の初期的な兆候として、小麦、米、植物油など主要食料品の価格が上昇し始めている。FAO食料価格指数は、2022年のウクライナ戦争後に世界の食料価格が高騰した際のピーク水準を下回っているものの、再び上昇基調に転じており、世界の商品市場における不確実性の高まりを反映している。また、エネルギーショックにより、バイオ燃料を通じた燃料市場と農産物市場の関係性が高まっている。原油価格の上昇で、エタノールやバイオディーゼル生産の採算性が高まり、ひいてはトウモロコシ、大豆油、パーム油などの原材料の需要を押し上げる。その結果、エネルギー市場の変動が、急速に食料市場へも連鎖していくこととなる。

13.
輸入に依存するアジア、アフリカ、ラテンアメリカの国々は、特に肥料不足と投入財価格上昇の影響を受けやすい。多くのアフリカ諸国は湾岸地域の生産国からの肥料輸入に大きく依存しており、比較的小幅な価格上昇であっても小規模農家の肥料使用量は著しく減少してしまう。

14.
同様に、すでに低迷する農産物価格に直面しているラテンアメリカの商業農家も、投入財コストの新たな増加に耐えられなければ、肥料の使用を削減せざるを得なくなるだろう。

15.
肥料使用量の削減が作物の収穫量を低下させると同時に、各地の供給の変化や世界の穀倉地帯における将来の生産低下によって、脆弱な地域の食料安全保障リスクが直接的にも間接的にも高まる。さらに、エネルギー価格上昇は、輸送・物流コストを引き上げ、食料輸入のコストも上がり、国内の食料価格への圧力が高まる。

16.
一方、湾岸諸国自身も構造的な食料安全保障上の脆弱性を抱えている。エネルギー資源に恵まれているにもかかわらず、水不足や気候上の制約により国内の農業生産が限定されているため、多くの国は食料供給の70~90%を輸入に依存している。従って、海上貿易ルートの混乱は、同地域への食料供給の主要経路そのものを脅かす。湾岸諸国政府は数か月分の戦略的食料備蓄を有しているが、輸送の混乱が長期化すれば、サプライチェーンが逼迫し、食料備蓄が減少し始めると国内の食料価格が上昇するおそれもある。

17.
イラン・イスラム共和国は、直接紛争の影響を受けると同時に、マクロ経済の不安定性に対して脆弱であることから、特に甚大な圧力に直面している。紛争により、主要な食料よび農業投入財の輸入が妨げられ、通貨安と高インフレを特徴とするすでに脆弱な経済環境が一層悪化している。同国は小麦、トウモロコシ、米、植物油などの必要不可欠な食料や飼料を輸入に依存しているが、通貨の急落により輸入食料や農業投入財の国内価格は大幅に上昇し、2026年初頭にはテヘランの小麦粉価格は1か月で約120%、前年比で200%近く上昇した。輸入コスト増、物流の混乱、国内供給の確保を目的とした政策により、食料価格高騰は加速し、家計の購買力は低下している。

18.
紛争は商品市場にとどまらず、より広範な経済分野にも影響を与える可能性もある。湾岸諸国には南アジア、東南アジア、アフリカ出身の数百万人の出稼ぎ労働者がおり、毎年数十億ドル規模で本国への送金を行っている。紛争により経済活動が低下したり、労働者が帰国せざるを得なくなった場合、送金額は大幅に減少する可能性がある。これにより、中には家計所得が減少する開発途上国も現れ、食料やエネルギー価格上昇の影響も生じるだろう。

19.
現行のペルシャ湾での紛争は、世界の経済安全保障および食料安全保障にさらなるリスクをもたらしている。原油、ガス、肥料輸出の混乱はすでに価格高騰を引き起こし、不安定な状況が長期化すればインフレの悪化や、成長の鈍化、世界の市場の不安定化を招きかねない。湾岸地域からの輸入への依存度が高い国々、とりわけアジア、アフリカ及び中東では、投入財価格の上昇により、農業生産や工業生産が減少し、家計の購買力も低下するなど、複合的な影響を受ける。

20.
肥料不足とエネルギーコスト上昇は作物の収穫量に影響を与え、穀物供給の逼迫は農産物の間で価格高騰の連鎖を引き起こし、低所得かつ輸入に依存する国における食料価格をさらに引き上げる可能性がある。同時に、湾岸地域から本国への送金は危機的な状況にあり、何千万もの家庭の所得が低下するおそれがある。バイオ燃料への継続的な移行が、食用から燃料用への作物の転換を促し、2027年以降の価格変動を増幅させ得る。

21.
今回のペルシャ湾における紛争は、総じてエネルギー市場、肥料のサプライチェーン、及び世界の農業・食料システムの相互依存の高さを際立たせている。ホルムズ海峡を通じた貿易の長期的混乱は、これらの分野で、生産コストの上昇、農産物供給の逼迫、世界的な食料価格上昇といった影響を次々と引き起こす可能性がある。世界の食料市場は、過去の危機と比べれば安定してはいるものの、今回のショックにより、相互に結び付いたエネルギーと農業・食料システムの脆弱性や、市場安定化を図り、開かれた貿易ルートを維持し、深刻化する食料不安から脆弱な人々を守るため、国際社会が協調して取り組むことの重要性が明らかとなった。

22.
これらのリスクを緩和し、強靱性を高めるためには、協調した政策対応が早急に求められる。短期的には、サプライチェーンの安定化を図り人々を守るため、代替輸送ルート、市場のモニタリング、脆弱な輸入依存国への支援、農家への財政的な支援が重要である。中期的には、輸入先の多様化、地域レベルでの調整、緊急時の対応計画を優先すべきである。長期的には、継続する価格変動やバイオ燃料にけん引される需要の変化に対応するために、国内農業の拡大、持続可能な肥料生産、再生可能エネルギーへの投資、構造調整が求められる。こうした重層的な対策に加え、世界のエネルギー及び食料市場を安定させる上で、事態の鎮静化及びホルムズ海峡における航行の自由の確保に向けた外交努力こそが、引き続き唯一最も効果的な手段である。


[1] 本インフォメーションノートに関するお問い合わせは、[email protected] もしくは [email protected] にご照会ください。